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夏休み課題図書 ファラデー『ローソクの科学』 子供たちに教えたい科学の素晴らしさと科学に真摯に向き合ったファラデーの人柄

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夏休みには学校の課題図書を読む、というのがあった。いくつかの本の中から好きな本を選んで読書感想文を書くという宿題だ。ファラデー『ロウソクの科学』も課題図書だった記憶がある。ちなみに私は『ロウソクの科学』を読もうとしたが、途中で挫折し、違う本にしたと思う。その変えた本の名前は思い出せないが、『ロウソクの科学』はなぜかはっきりと覚えている。不思議だ。ファラデーの『ロウソクの科学』は子供向けにファラデーが講義したものが収録されている。私が読んだものは確か岩波文庫だったと思う。薄い紙がブックカバーになっていた時代の岩波文庫だ。今読んでも、1本のロウソクから、水素、窒素、酸素、二酸化炭素などの元素を説明したり、空気のようなありふれたものに重要性があることに気づかせたりするファラデーの話術に感心する。なによりもファラデー自身が科学が好きで、嬉々として子供たちに教える様子が伝わってくる。

解説を読むと、ファラデーは子供の頃、生活保護を受けるような生活をしていたようだ。小学生くらいの年頃に小僧として働いた製本屋の主人は、ファラデーが本を読んだり、屋根裏部屋で化学の実験をすることを許してくれるような人だったようだ。後にファラデーは当時イギリスの一級の科学者の助手になる機会を得るようだが、派手な性格だったその科学者や貴族趣味の夫人と相性が合わず、独力で科学に向かい合っていくという。吉凶はあざなえる縄のごとしとはこのことだ。そのおかげで、ファラデーは他人を介さず、自然の秘密をかぎつける独特な感覚を身に着けていく。

ファラデーと比べるのは申し訳ないが、私にも似たような経験がある。高校生くらいの時だろうか。書物を読み始めたこともあり、深い古典の世界に入るようになっていた私は、同世代との会話に違和感を覚えるようになっていた。友達と遊ぶことが減り、そのかわり独りで書物を読んだり、考えたりする時間が増え、他人の影響を受けずにものの考え方が身についていった機会を得ることができた気がする。

ファラデーは講義の最後に子供たちにこんなメッセージを送っている。

「この講演の終わりにあたりまして、私が皆さんに申しあげることのできるすべては、皆さんが皆さんの時代がきたとき、1本のロウソクにたとえられるのにふさわしい人となっていただきたいということ、そしてまた、皆さんが、ロウソクのように皆さんのまわりの人びとに対して光となって輝いていただきたいということ、皆さんの活動の中で皆さんが、皆さんとともに生きる人類に対する義務を果たすことにおいて、皆さんの行為を栄光あり、かつ効果あらしめることによって、ロウソクの美を正当化していただきたいということの希望であります」

ファラデー『ロウソクの科学』訳・三石巌 角川文庫

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