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名古屋カフェ散歩 その3《カフェ文化は現代の茶の湯》

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今月から始まったドラマ『知らなくてもいいコト』(日本テレビ)の第1話を見ていたら、週刊誌の記者役の吉高由里子が、取材のために茶道を習うシーンがあった。記者は茶室での会話を師範にたしなめられる。「時代劇とかで千利休と秀吉が茶室でおしゃべりしてたような気がします・・・」と記者が控えめに反論すると「確かに茶室の中は自然体でいることが大切です」と師範はうなずく。

 

『名古屋カフェ散歩 喫茶ワンダーランド』(川口葉子 祥伝社黄金文庫 2019年)を読んで驚くのは、空間に意匠をこらしたカフェと喫茶店が多いこと。どの店も、客がくつろいだり、刺激を受けたりすることができるように、この本にも出てくるが、ギミック(仕掛け)を入れている。茶室には障子に写る枝葉の影だとか、掛け軸、生け花、茶器などにギミックを入れてもてなすようだから、カフェの空間は現代の茶室と言えるかもしれない。

この本に出てくるほとんどのお店の店主やオーナーが空間作りを自ら楽しんでいるように見える。空間作りを含め、サービスの提供に歓びを見出しているかのようだ。茶の湯さながら、カフェは、もてなされる客だけでなく、もてなす側にとっても自然体でいられる場所として存在している。

人間が自然体でいられるのはリラックスできるからだろう。アンティークだったり、モダンだったり、本、陶器、家具、絵画に囲まれながら、大好きな本や映画、音楽の話しができる。好きな場所で、好きなものに囲まれ、好きなことを語らう歓びはこの上もない。ひとり読書に耽ったり、音楽に聞き入ることだってできる。そしてそこには美味しいコーヒー、焼き菓子、デザート、食事が用意されてもてなされるのである。

カフェにはある意味で好事的な性格がある。信長が茶碗ひとつに大枚をはたいたり、秀吉が金の茶室を作った趣向も同じような性質かもしれない。徳川の尾張藩主の中には遊興を大いに推奨した人もいたという。

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