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『探検バクモン~発掘!雑誌図書館(大宅壮一文庫)』~図書館を私有するということ/渡部昇一著『知的生活の方法』~

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アドセンス PCのみ記事上




9月13日(水)放送『探検バクモン~発掘!雑誌図書館(大宅壮一文庫)』を見た。

ジャーナリスト大宅壮一の図書館を初めて映像で見た。

雑誌がぎっちり詰まったスチール製の書架は圧巻だった。ここには国立国会図書館にもない雑誌があるという。しかもマイクロフィルムに記録されているのではなく、雑誌の現物を閲覧できることが、大宅壮一文庫の特徴になっている。

キーワードから要約した記事内容を検索できるようになっていることも、大宅壮一文庫の特徴だ。

データベースの作成は人の手によって地道に行われ、当時なかった「ハラスメント」のようなキーワードでも、同義の記事を検索できるようになっている。

恐るべき図書館と言わざるを得ない。

ところが、近年のインターネットの普及で、図書館の利用が減り、図書館の存続が危ぶまれているとのことだった。

私はこのような図書館(個人文庫)は非常に重要なものだと思っている。

番組の中でも触れていたが、雑誌の現物は記事の中身だけでなく、その記事がどのくらいの大きさで扱われているのか、見出し記事なのか、その記事が載っている雑誌の広告はどのようなものが乗っているかなど、時代の世相を読み取るのにもってこいだからだ。

おそらくインターネットではそのようなことまでは分からない。

大宅壮一自身も、雑誌のほうが図書館に眠っている学者の書いた大著よりも価値がある可能性を認めている。

だからこそ私は紙媒体が残ることを個人的にも願っている。

 

書誌学者で文芸評論家の故・谷沢永一先生が昔おもしろいことを言っておられた。

谷沢永一先生の書庫に親交があった作家の司馬遼太郎が訪れる機会があったそうだ。

司馬遼太郎はいわゆる名著、大著のようなものには目もくれず、時代を反映するような雑誌を書架からピッ、ピッと抜き取って「こういうものが大事なんだよ」と言ったそうだ。

谷沢永一先生はそれを見て「司馬さんから合格点をもらえたのかな」と思われたそうです。

司馬遼太郎も元はジャーナリストだったから、大宅壮一のような視点を持ち合わせていたのではないでしょうか。

私はこの番組を見た時、故・渡部昇一先生のベストセラー『知的生活の方法』を思い出していた。
知的生活の方法 (講談社現代新書)

渡部昇一先生は私的な図書館を所有することが知的生活の飛躍的向上にとって非常に重要であることを説いた日本で初めての学者ではないでしょうか。

『知的生活の方法』の中で大宅壮一文庫についても触れています。

大宅壮一が長い評論活動において、常に滾々(こんこん)として、つきない生産性を示した稀有の人としてありえたのは、私有図書館があったからだと指摘している。

大宅壮一がジャーナリズムの圧倒的な雄でありえたのは、当時で二十万冊を超える私有図書館があって、それが常に使える状態にあったことを理由にあげておられるのだ。

戦前のジャーナリスト徳富蘇峰も稀有な蔵書家であったことを比べ、大宅壮一と好一対であると言っている。

渡部昇一先生ご自身も十五万冊ともいわれる蔵書があり、晩年まで尽きせぬ創作活動をされておられた。

さて、この私有図書館、普通のひとにはなかなか実現できないことだ。

それは図書館を持つだけの空間をどのように確保するかという問題が残るからだ。

渡部昇一先生は若い学者や学生にこんなアドバイスをしている。

「空間への関心を一日たりとも忘れずに、理想的な知的空間を所有している自分を夢として描き続けることだ」

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