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スウェーデンボルグ『霊界日記』~スピリチャルというオカルト体験~

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スピリチャルな世界に関する本はたくさん出版されている。

その中でもスウェーデンボルグの『霊界日記』は18世紀初頭に書かれている点と、その当時一流の近代科学者によって書かれた点で稀有な本だ。

今でも現代科学者が突如として科学に反するような神秘的なことを言い出したら、誰もがびっくりするのではないだろうか。例えばノーベル物理学賞や生理学賞を受賞するような人が、霊界だの天界だの言い出すようなものだ。タレントが「死後の世界はあるのです」というのとはわけが違うのだ。(笑)

それを証拠に哲学者のカントがスウェーデンボルグを批判している。スウェーデンボルグを病気だと言ったのだ。

解説によると、そもそもスウェーデンボルグの『霊界日記』は出版目的で書かれていない。『霊界日記』は約20年間におよび私的な日記として書かれており、編集されたのもスウェーデンボルグの死後だ。そう考えると現代の出版物のように、読者を幸せにするためとか、宗教的な啓蒙をするために書かれたものではないことがわかる。

にもかかわらず、スウェーデンボルグはゲーテ、バルザック、ブレイクなど後世の著名な作家に影響を与えただけでなく、スウェーデンボルグが霊視した現象が臨死体験をしたひとのそれと似ていることから、深層心理学や超心理学のような分野にまで影響を及ぼしているのだ。

専門家でないのでわからないが、カントもスウェーデンボルグに一目置いていたからこそ批判したということもあるのではないだろうか。またスウェーデンボルグの熱心な愛読者だったといわれるゲーテ、バルザック、ブレイクなどにとっても、何が事実かということよりも、何が現実かということが重要であったと考えることもできる。

オカルトという言葉にはややネガティブな印象を与えるものがあるが、本来は隠されたものという意味だ。憑依体験や心霊体験のような神秘的、超自然的なものだけをさすものではない。目に見えない世界を指す意味がある。

昔こんなことを本で読んだことがる。

まだキリスト教にプロテスタントが登場する前は、神秘的な秘儀や奇蹟のような信仰はカトリックが担っていた。そして宗教改革によってプロテスタントが台頭してくると、そういったオカルト的な信仰が薄れてしまった。プロテスタントの信仰の中には神秘的な秘儀や奇蹟の信仰がない。そうはいっても、目に見えないものを恐れたり敬ったりすることは人の心から消えることは無い。「エクソシスト」のような映画がヒットしたりするのもその表れだ。カトリックが担っていたオカルト的な要素は「スピリチャル」という言葉に取って代わって世の中に現れ出したというものだ。

なるほど「スピリチャル」の世界を扱った本が海外の翻訳も含め大量に本屋に出回っている理由も分かる気がする。そう考えるとスウェーデンボルグの『霊界日記』は、いわゆる「スピリチャル」と言われる世界を書いた比較的最初の出版物ということになりはしないだろうか。スウェーデンボルグのお父さんはルーテル教会(プロテスタント)の牧師だった。

だからスウェーデンボルグの『霊界日記』は多分にキリスト教的だ。天界、地獄、天使などの言葉が頻繁に出てくるしイエス・キリストや三位一体についての叙述もあり、スウェーデンボルグが霊視した世界はキリスト教に根差したものだということが分かる。

一流の科学者だけだっただけでなく、国会議員まで務めたスウェーデンボルグ。深層心理学や超心理学にも影響を与えた『霊界日記』を垣間見るのも面白いのではないだろうか。

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