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音楽で散歩

大事なのは「歌詞」それとも「メロディー」?

投稿日:2017年11月15日 更新日:

少し前になるが明石家さんまの『ホンマでっか!TV』で、歌で大事なのは「歌詞」か「メロディー」かというテーマを扱ったコーナーがあった。

たいへん興味深いテーマで面白かった。

心理学や脳科学の視点から見ると、やはり「言語」である「歌詞」を理解したり、「言語」から情緒を作り出すことができることが、人間にとって重要であるというような見解が出ていたと思う。

一方、メロディーに重きを置く傾向にあるのは若い世代で、そういった傾向は日本人が幼稚化しているからではないかとの意見も出されていた。

もちろん番組の出演者たちの中には、歌詞とメロディーは本来どちらに価値があるかを分けて考えるものではなく、セットになっている、というスタンスで臨んでいる人もいるようだった。

私の意見はそのスタンスと同じで、歌詞とメロディーの価値は同等であると考えている。

というのも歌詞とメロディーはその作詞作曲の過程において、または歌唱する際に、同時発生的もしくは同期的なものだと考えるからだ。

 

昔、プリンセス・プリンセスの奥居香が『Diamonds(ダイヤモンド)』という曲を作った時の考え方を話していたのを聞いたことがる。

サビの部分の「ダイヤモンドだね」という言葉には「♪ダイヤモンドだねー♪」というメロディー”しか”思いつかなかったというのだ。必然的に詞にはその詞に合うような特定のメロディーが思い浮かぶというようなことも言っていた気がする。

この話しを聞いたとき、なるほどねーと思ったものだが『ホンマでっか!TV』で「歌詞」か「メロディー」かというテーマを見た時、このエピソードを思い出した。

この話しは一見、先にできた詞に後から曲をつけたということになるが、その詞につけるメロディーが”ひとつしか”思いつかなかったということは、深層心理の中で詞と曲を同時に作っていた(別の人が詞を作った時点で曲が決まっている同期的な現象)と言えなくもないのではないだろうか。

さだまさしも曲作りに際してメロディーが先行したケースで、最初につけた歌詞をいじりまわすような書き直しをしたりすると、あまりいい歌にならないというようなことを言っていたのを聞いたことがある。

次に歌を歌唱する場合はどうだろうか。

KANというミュージシャンに『愛は勝つ』という曲がある。

サビで「必ず最後に愛は勝つ」というフレーズがあるが、これを「言語」として普通に言ったり聴いたりしてもあまり感動を得られないのではないだろうか。

ところがこのありふれたフレーズにメロディーがつくと、とたんに元気が出たり、それが素晴らしい言葉に思えたりすることはないだろうか。

『愛は勝つ』のほかにも、大事manブラザーズバンドの『それが大事』や槇原敬之の『どんなときも。』などにも同様の効果があるように感じる。

今あげた3曲はいずれも音楽番組『ミュージックステーション』の少し前の特集で、視聴者のアンケートを元に選んだ「元気が出る超(ウルトラ)ソング100」のランキング上位に入っていた曲だ。

 

心理学や脳科学が歌詞に重きをおく理由はわかる。人間を人間たらしめている理由のひとつに「言語」を持っていることがあげられるからだ。

人間と動物を分かつもののひとつは「言語」だ。

仮にメロディーを聞いてうっとりする動物がいたとしても、詞を起想できる動物はいないだろう。

メロディーを聞いて詞を起想できるのは人間だけだ。その逆に詞からメロディーを起想できるのも人間だけだ。

そう考えると「歌詞」と「メロディー」の繋がりは人間の深層心理を超えて魂のようなもので繋がっているのではないだろうかと思えてくる。

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