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サムライの精神 相手の意のままになってはならない

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昨日テレビでニュースを見ていたら北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親の横田滋さん、早紀江さん夫妻が映し出されていました。

横田滋さんは85歳とのことで見るからに歳をとったことを映像から感じました。

早紀江さんも毅然としておられる様子は変わりませんが81歳とのことで夫滋さんとの老い先を考えて時間がないとの焦燥感をお持ちの様子でした。

私はこの日本には大切な精神があると考えています。

それはサムライの精神です。

 

話しは変わりますが今『おんな城主直虎』という大河ドラマが放送中です。徳川家に仕えた彦根藩主の井伊家がどのようにその地位を築いていったかを戦国時代に遡り描くドラマです。戦国時代のお話しですから、戦国の武将やエピソードも盛り込まれています。

また、先日終わってしまいましたがCS放送で大河ドラマ『利家とまつ』も放送されておりました。これも戦国時代のお話しで加賀藩主前田利家がどのように立身出世していったかを利家の妻まつの内助の功とともに描くドラマです。

このふたつのドラマは同じ戦国時代を描いていますので登場人物やエピソードも重複しています。

『おんな城主直虎』ではちょうど今、徳川家康が長男信康の切腹の処断を織田信長から命じられたところを描いています。『利家とまつ』ではこの場面は通説の通り信康が武田家と内通し謀反の疑いをかけられているように描かれていますが『おんな城主直虎』では織田信長が徳川家の力を削ぐための陰謀として描かれています。

いずれにしても戦国時代は他国との戦さでの命のやり取りにとどまらず、同盟や裏切りなどにまつわる命のやり取りもあったわけです。その中で自分の妻や血をわけた親族の命を奪わなければならないような非情さもあったということになります。

何事においても命がけですから強靭な精神力がなければ立ち行かない世界であったわけです。

『利家とまつ』では前田利家は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から「男の中の男」と言われた人物として描かれています。あくまでもドラマの中の話しですが、大義に厚く裏表のない性格の利家の人物像を信長、秀吉、家康にして「男の中の男」と言わしめたという設定になっています。

織田信長に対しても恐れずに意見をしたりする利家も面白かったのですが、一番面白かったのは、古くからの友人でもあり、力をつけた豊臣秀吉と「戦さをしてもいい」という心構えを利家が常に持っていた様子や、徳川家康に対しても『あなたとは一度、大戦さがしてみたいと考えているのだ』ということを面と向かって平然と言ったりするシーンが出てきたことです。

もちろん力をつけた後の秀吉や家康と戦さを利家がするわけはありませんし、ドラマの中のことなのでそういうことを言ったのも史実かどうかわかりません。

しかし、この発想が面白い。

それは「一戦交えてもいいんだぞ!本気だぞ!」という意思を相手に伝えるやり方がです。

利家は相手の意のままにはならないぞということを匂わせたりせずにストレートに伝えます。秀吉も家康も利家が本気ではあるまいと内心は考えているものの、余りの利家の迫力に気おされるかのように描かれています。なぜなら秀吉も家康も利家には勝てる自信があっても、実際に戦うとなると容易には勝てないことがわかるからです。

またそれは幾度となく戦さをしてきて実力のある利家だからこそできるパフォーマンスでもあるわけです。

これはドラマの中のことですので、実際にあったことかどうかはわかりません。しかし、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家のような戦国武将が命のやり取りをしながら戦国時代を生き抜いたのは事実です。

その命のやり取りをして国を作り上げてきた戦国武将たちの精神に敬意を払って「サムライ」と呼ぶのではないでしょうか。あるいは古くは源平合戦の時代から、近年では明治維新の時代まで、活躍した「サムライ」たちに対してかもしれません。

 

「戦さをしてでも、拉致被害者を取り戻す!本気だぞ!」

 

これを本気で言うのです。

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