「有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)に帰る一休み 雨降らば降れ風吹かば吹け」
野田秀樹の『TABOO』*は室町時代を背景に後小松天皇と南朝の女との間に生まれた息子が一休宗純で、一休宗純を南朝の再興に利用しようとする勢力とそれを阻もうとする天皇、将軍それぞれの思惑の中で、旅芸人として育ち運命を翻弄される一休宗純を描いた作品である。
“風に狂い芸に遊ぶ歌人”として振る舞う一休宗純が歌うのは、西行法師の歌である。
「願わくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃」
また本物の一休宗純の道歌も芝居の中で、地謡(じうたい)のように歌われる。
「焼けば灰 埋ずめば土と なるものを 何か残りて 罪となるらむ」
〈一休宗純〉を演じる唐沢寿明の演技もすさまじいものがあった。一休宗純に“天皇の子”であることを吹き込む〈熊楠〉役の渡辺いっけいや、一介の旅芸人であった〈萌〉が将軍の寵愛を受けるまでにのし上がっていく役を演じる羽野晶紀、一休宗純の生みの母親〈梢〉役の鷲尾真知子、将軍役の松重豊など、脇を支える役者の演技もみなすばらしかった。
時折、お能のような所作が演出に加えられ、引き締まった芝居を野田秀樹が構成した。『キル』*を見た時も感動したけれど、『TABOO』はそれ以上の感動を覚えたことを記憶している。録画したビデオテープを何度も繰り返し見ただけでなく、芝居の音声をカセットテープに録音して外出先でもウォークマンで何度も聴いたほど。芝居の躍動感がセリフや音声だけでも十分伝わってくる芝居だった。だからかもしれませんが、何かの拍子に西行と一休が残した前出の二首のほか、劇中で歌われた一休の道歌が頭に浮かんでくることがあるようです。
「生まれては 死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子も」
「世の中は 食うて稼いで 寝て起きて さてその後は 死ぬるばかりぞ」
*『TABOO』作・演出 野田秀樹 初演1996年4月 NODA・MAP第三回公演。渋谷のシアターコクーンで上演され、主演 唐沢寿明ほか羽野晶紀、渡辺いっけい、鷲尾真知子、篠井英介、松重豊などが出演している。著者は残念ながらライブではなくBS放送で視聴している。
*『キル』作・演出 野田秀樹 初演1994年1月 NODA・MAP第一回公演。主演 堤真一ほか羽野晶紀、渡辺いっけい、鷲尾真知子、深沢敦、山西惇などが出演。こちらはシアターコクーンで観劇しています。