「素朴で地味、華やかさには無縁だが滋養にあふれている。
やたらと人に懐かしがられ、好まれる」
縁談を幾度も断っていつまでも嫁をもらわない侍の小松原が、妹からどのような娘なら気に沿うのかと問われて答えるセリフ。妹の質問をはぐらかし「娘」のことではなく「炒り豆」のことを表現したわけだが、まるで主人公の澪(みお)のことを言いあてているようなセリフだ。
一か月ほど前だろうか。馴染みの書店の時代小説コーナーに『あきない世傳 金と銀』(ハルキ文庫 髙田郁・作)のポップ(宣伝広告)があがった。面白そうだなと思いつつスルーしてしまった。最近になって、NHK土曜時代ドラマ『みをつくし料理帖』を見ていたらテロップに髙田郁さんの名前を見つけた。江戸の神田の料理屋を舞台にした時代劇で、見始めたら面白くて書店に原作本を買いに行ったらポップは残っていた。『あきない世傳 金と銀』と『みおつくし料理帖』が並んで特集されていた。『みおつくし料理帖』をさっそく購入して読んだが原作本も面白い。こんな作家がいたのかと思い知った。『みをつくし料理帖』は江戸が舞台だが主人公は上方(大阪)の人間で上方の料理や味付けを江戸の料理と融合させていく。作家の髙田郁さんは兵庫県の宝塚出身のようなので料理のベースは上方のようだ。江戸の料理が出てくる時代物といえば私は真っ先に池波正太郎の『鬼平犯科帳』が思い浮かぶ。江戸の料理や味付けが徹底的に出てくるので性に合っている。私自身は生まれも育ちも埼玉県なのだが、母親が先祖代々バリバリの江戸っ子で、東京の味付けに慣らされている。だから関西の味付けに馴染めない。嫌いではないのだが、薄い色をしているのにしょっぱい味付けがしてある汁物を飲むと「しょっぱい」と思ってしまう。(笑) 『みをつくし料理帖』は江戸の庶民の口に合うようにギャップを埋めようとする料理人の苦労が正に描かれている。
ドラマのほうも面白い。主人公の澪(みお)を黒木華さん。料理屋の亭主種市を小日向文世さん、お役についているのか浪人なのか分からない、舌の肥えた不思議な侍小松原を森山未來さん、澪の育ての母親で”ご寮(りよん)さん”と呼ばれる芳(よし)を安田成美さんなどが演じている。”ご寮さん”は元上方の料理屋の女将(おかみ)で「料理は料理人の器量次第」と言い切る気丈な人柄を、安田成美さんが見事に演じている。時代劇にアンマッチのような雰囲気を醸し出す音楽が、上方と江戸料理の融合を示唆していてドラマの魅力を引き出している。清水靖晃さんという方が作曲されています。番組の最後に江戸料理研究家と女優の黒木華さんが、その回に登場した料理の作り方を紹介するコーナーも趣向に富んでいて楽しいですよ。