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保育所の思い出 その6(最終回)『さよなら小津先生~小津先生からの手紙~』

投稿日:2017年8月4日 更新日:

日本は四季や自然が豊かに感じられる国だと思うが、保育所での生活は私に季節感や自然観を十分に身につけさせてくれた。「保育所の思い出 その3」でも書いたが、夏の過ごし方もそのひとつだ。春夏秋冬の節句を祝ったり、その季節にあった遊びやイベントが必ずあった。春から夏にかけてはひな祭りや端午の節句、夏は七夕やお盆、秋はお月見、冬はクリスマスやお正月、それから節分といった具合に。そしてその季節の歌を歌った。保育所の周りは自然に恵まれていたので、自然の中で四季の移りを感じることもできた。

保育所の裏には小さな林があって秋になると散歩に出かけた。林の中では友達と探検ごっごをするのが好きだった。昔は焚火をしてもうるさくなかったから枯れ葉を集めて焼きいもをした。先生がいも堀で採れたさつまいもを持ってきてくれた。さつまいもをアルミホイールに包んで焚火の中に放り込み、焼きあがるのを待っている間、友達と枯れ葉をかき集めて山のようにして、そこにダイブするのが好きだった。みんな全身枯れ葉まみれになって、焼きいもを食べた。

冬は石油ストーブを使用していた。大きな業務用のストーブで排気をスチール製の筒状のものでするタイプだった。あの何とも言えない暖かさは忘れられない。冬になると、みかん汁を使ってあぶり出しの絵を描いたりした。ストーブで蝋を溶かし、キャンドルの鋳型に溶かした蝋を流し込んでクリスマス用のキャンドルも作ったりした。ストーブを囲んでクリスマスツリー用の飾りをみんなで作った。保育所では季節に合わせてたくさんの歌を歌ったが、クリスマスの時に歌った歌が一番記憶に残っている。オルガンの音に合わせて「きよしこの夜」を歌うと、心がジーンと温かくなったのを覚えている。オルガンは足で空気を入れる昔のオルガンだ。

私にはクリスマスを心待ちにしている理由がもうひとつあった。それはサンタクロースがクリスマスプレゼントにお菓子を持ってきてくれることだった。網のかかった長靴の恰好をした入れ物の中にいろんな種類のお菓子がたくさん入っていた。サンタクロースは保育所の児童みんなにお菓子をくれた。長靴にはそれぞれ少しづつ違うお菓子が入っていた。私はお菓子を貰うと仲の良かった友達と、どんなお菓子が入っているか見せ合って喜んだ。普段、私の母は子供にお菓子をたくさん買い与えたりする人ではなかったので、一度にたくさんのお菓子が貰えることが嬉しかったし、この時ばかりは母も一緒に喜んでくれた。私はサンタクロースが実在しないと思うような、ませた子供ではなかったが、保育所のサンタクロースが市役所のおじさんであることを知っていた。しかし私にとってそれはどうでもよかった。心の底から楽しみにしていたもの、それは”本当のサンタクロース”だった。

そんな無邪気な子供たちを終始見守り、喜んでくれている人が小津先生だった。小津先生は私が保育所を卒業する時に手紙をくれた。当然、字は読めなかったので字が読めるようになるまで母が大事に取っておいてくれた。この手紙を初めて読んだのは確か中学生か高校生くらいだったと思う。私は手紙を読むまで、そこに書かれていることを忘れていた。手紙を読んだ時、涙があふれた。手紙は思いやりとやさしさに満ちていた。ここに、その手紙を掲載することをお許しいただきたい。今から40年ほど前のものである。

〇〇くん

○○くん いよいよおわかれですね。

すましていて おどけたことをいう〇〇くん

とてもたのしいこどもでした。

ですから ○○くんとわかれるのはさみしいな。

ひなげしのとき マジックのおじさんがくるのをたのしみにたのしみにしていたのに ついにこなくて ○○くんにすまないな といまでもおもっています。

でも おじさんのつごうだったのでゆるしてね。

まもなくかわいいいちねんせいの○○くんもがっこうですね。しっかりがんばってください。

いつまでも いつまでも あかるい○○くんでいてください。

昭和五十三年三月二十五日 小津○○

(小津先生のフルネームは伏字にした)

 

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