たしかに夢は、恐怖とロマンスという芸術的要素以上に、文学に備わっている最も透徹した、美しい霊的な優しさというものの供給源となっている。
(ラフカディオ・ハーン 『小泉八雲 東大講義録』)
スティーブン・キングが受ける質問で一番多いのは「いったいどこからアイデアを得るのか?」その次に多いのが「あなたが書きたいのはホラー小説だけなのか?」だそうだ。
スティーブン・キングがホラー以外の小説の名手であることは知られている。『スタンド・バイ・ミー』(新潮文庫 1987年)や『ゴールデンボーイ』(同 1988年)など映画にもなった作品を手掛けている。この両文庫にはそれぞれ二つ、計四つの中編が収められていて、その四つの中編はすべてスティーブン・キングが何か長編を書いた直後に、余力にまかせて書き上げてしまったという。例えば『ゴールデンボーイ』は長編『シャイニング』(文春文庫 1986年)脱稿直後にわずか二週間で書いてしまうという具合に。
『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』(文春文庫 2015年)と『IT』(全四冊 文春文庫 1994年)も映画化され今ちょうど上映されている。多作でアイデア豊富なスティーブン・キングの小説は尽きせぬ興味を持って読み通すことができる。そのアイデアもホラーにとどまらず、様々なテーマを扱っている。作品の多くが映画化されるのも、それを期待する観客だけでなく、作り手にもキングの作品を映画化したいと思わせる刺激的で創造的な何かが備わっているからだろう。
スティーブン・キングには『書くことについて』(小学館文庫 2013年)という著書がある。小説作法についてキングが書いたもので、示唆に富み面白い本だ。その中で、いくつかのアイデアを結び付けて小説を書いたことなどはキングによって紹介されている。ただし、そのアイデアをどこから得ているのか、という記述は見あたらない。
キングはよく読書するそうで、読書は創作活動の中心とまで言っている。そうなるとキングは読書からアイデアを得ているのかと思うかもしれないが、おそらくそうではない。読者には読書によって語彙力を高めたり、文体を真似することを推奨しても、アイデアを得よ、とは言っていないことからもそれがわかる。
キングは子供の頃、マンガを小説に書き直してお母さんに見せたことがる。お母さんは褒めてくれたそうだが、キングにこう聞いたという。「自分で考えたのか?」キングが違うと答えると、お母さんは自分で考えてごらんと言ったという。キングは「自分で考える」というお母さんの言葉に無限の可能性を感じたと言っている。
アイデアは自分の中からしかでてこない。故にアイデアは無限である。
キングは小説を書くために外界をシャットアウトするためのドアのある部屋が大事だと言っている。そこで夢を見るのだと。
「書斎は夢を見ることができるプライベートな空間だ。毎日ほぼ同じ時間に書斎に入って千語書くのは、毎日ほぼ同じ時間に就眠儀式をしてからベッドに入って眠るのと同様、それを習慣化し、そこで夢を見るためである。」(スティーブン・キング『書くことについて』)
キングはこれを「創造的な睡眠」と呼んでいる。
『ゴールデンボーイ』の後書きにキングのインタビューが掲載されている。「ぼくは自分の精神分析に興味はない。なによりも興味があるのは、自分がなにを怖がっているかに気づくときだ。そこからひとつのテーマを発見することができるし、さらにはその効果を拡大して、読者をぼく以上に怖がらせることができる。」
猟奇的なものであれ、ホラーであれ、キングにはお手の物なのである。