朝起きると私は外に出て一服する。小学生たちが班に分かれて一列に並んで登校するおなじみの光景が目に映る。一班につき5~6人、多い班で7~8人というところだろうか。交通安全と防犯を兼ねて、男女混合で年上の子が年下の子と一緒に学校に行くのだ。
私が小学生の頃も同じだった。私は団地に住んでいたので、同じ階段に住んでいる子供たちと班を組んで登校した。小学3~4年生の時だったと思うが、同じ団地の棟の違う階段に住んでいた少年が、私たちの班に加わることになった。年は私のふたつみっつ上だった気がする。その少年が住んでいた階段には、小学生がその少年しかいなかったからだ。この少年はテレビドラマの「あばれはっちゃく」(初代)に出てくる少年に似ていた。「あばれはっちゃく」に似てるといっても、似ているのは外見の雰囲気だけで、性格は「あばれはっちゃく」と真逆で、元気だったが、おとなしくて、やさしい感じの少年だった。残念ながら名前を忘れてしまったが、私たちの班長になることになった。
この少年「あばれはっちゃく」はとにかく人を引きつける魅力があった。
「あばれはっちゃく」は寝坊で、ほぼ毎日、朝の集合時間に遅刻してきた。やたらに言葉で謝ったりしないのだが、申し訳なさそうにしている様子が滑稽で、許せてしまう。また、私は食パンをかじりながら玄関を出てくる人間を初めて見た。昔の家族物のテレビドラマを見ていると、遅刻しそうになった登場人物が食パンをかじりながら登校、出勤におもむくシーンがある。今でも実際に見ることはないが「あばれはっちゃく」は実演して見せてくれたのだ。しかも一度や二度ではない。
ある朝「あばれはっちゃく」が余りにも遅いので、同じ班の女の子たちが「迎えに行こう」と言い出した。私も一緒に「あばれはっちゃく」の部屋の玄関まで彼を迎えに行った。すると、ちょうど「あばれはっちゃく」が食パンをかじりながら出てくるところだった。女の子たちはクスクス笑いながら「早く、早く」と彼をせかした。それが習慣になって、というよりは面白くなって、私たちは「あばれはっちゃく」を迎えに行くようになった。
ある時など「あばれはっちゃく」のお母さんが玄関に出てきて「まだ寝てるのよ~、先に行ってちょうだい」と言う。今考えるとお母さんもおおらかな人だった。私たちは「あばれはっちゃく」を待っていると遅刻してしまうのは分かっていながら、それでも彼を待っていた。それが楽しかったからだ。遅刻ギリギリの時刻に、ようやく彼が出てくると、私たちは「あばれはっちゃく」と一緒に駆け足で学校に向かった。私たちはみんな彼のことが好きだった。
半年間くらいの出来事だったような気がする。「あばれはっちゃく」は引っ越してしまった。「あばれはっちゃく」は何か特別なことを言ったり、したりする少年ではなかったが、彼がいるだけで、周りが幸せになった。彼がいなくなった後の朝の通学はつまらないものに戻ってしまった。みんな無言で粛々と歩いていたことを覚えている。