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#私が今年推し続けた人 上智大学名誉教授 渡部昇一先生 優れた師の中に己を見出した渡部昇一少年

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歳の瀬ということもあると思うのですが、少し前のツイッターのトレンドに「#あなたが今年推し続けた人」というものがありました。アイドルの乃木坂46や引退した将棋棋士の加藤一二三さんを挙げる人もいて面白いものでした。

私が今年推し続けた人物は渡部昇一先生です。

渡部昇一先生が亡くなったのは今年の春4月17日でした。私は長年にわたり渡部昇一先生の書籍を愛読していました。また20年位前には先生がホストをしていた「新世紀歓談」というテレビ番組もよく拝見しておりました。私の中で最も見ごたえのあった対談番組として記憶に刻まれております。先生は品があり丁寧な言葉遣いでしたが少しご出身の山形訛りがあってユーモラスなところもありました。しかし発言はスマートで物事を一刀両断にする切れ味はまるで侍の精神そのものである”刀”のようでありました。今巷で騒ぎになっている慰安婦の日韓合意の蒸し返し問題などは国家間の条約を軽視する韓国を一刀両断にしてくれたことでしょう。(笑)

渡部昇一先生は元々上智大学の英語学の教授でした。分かりやすく言うと英語の学者です。ドイツのミュンスター大学で英文法史の論文で博士号を取りオックスフォード大学へ留学します。帰国後、上智大学で教授になられ、アメリカの大学で講義した経験もお持ちのようです。渡部先生が英語の学者になったのは旧制中学校時代に師と仰ぐような方にめぐり逢い、その方が英語の先生だったことに影響を受けているようです。

その後、渡部先生は英語学だけでなく専門分野以外の歴史や政治に係わる言論の世界へと活躍の場を広げていきます。また書籍の蒐集家でも知られる先生は個人蔵書が15万冊とも言われ、晩年は愛書家、蔵書家の協会である日本ビブリオフィル協会会長もされています。愛書や古書を紹介する時の先生はまるで子供のように楽しそうです。ダーウィンの進化論の初版本を持っていたり「ブリタニカ百科事典」を全版持っているというエピソードを聞くとそのスケールの大きさに驚かされます。

私は渡部先生の博識には驚かされ続けてきましたが、それは渡部先生が生涯にわたり続けてきた本の蒐集と読書の賜物以外の何物でもないと思っています。渡部先生が最後に書こうとしていたのは、ダーウィンと並び一流の進化論者であると同時にスピリチャルな世界観を持っていた自然科学者のアルフレッド・ラッセル・ウォレスについてだったと言いますから、その知的好奇心は渡部先生が亡くなる最後の最後まで衰えていなかったことが分かります。

一体このような知的好奇心やそれに伴う知的生活へのこだわりはどこから生まれたのでしょうか。

ご家族の手記を読むと、渡部先生はご自身が書いた単行本が出版されてもそれほど喜ばなかったそうですが『青春の読書』(2015 ワック)という本が出版された時はたいへん喜ばれたそうです。

この本は先生が幼少の頃に馴染んだ雑誌から、戦中、戦後にわたって影響を受けた愛書などが紹介されているほか、ご自身が若い頃に係わりのあった先生方についての回想などが時系列で書かれています。614ページというたいへん分厚い本で雑誌『WILL』に連載されていたコラムを単行本化したものです。愛書遍歴や渡部先生に係わりのあった先生方について書かれた集大成とも言える本です。

私はこの本が出版された時に渡部先生が喜ばれた理由がなんとなく分かります。

それは愛書の蒐集と読書は渡部先生にとって幼少の頃からご自身が最も好まれたていたライフスタイルだからです。

そこにはただ単に好きな本を読むという知的満足にとどまらず、好きな本を所有するという蒐集へのこだわりも窺われます。

そして少年時代の渡部先生の目の前にそれを体現しているような大人が現れます。先にも触れましたが先生が英語の学者になるきっかけを作った佐藤順太という旧制中学校の英語教師です。佐藤順太という名前は渡部先生の本の中に折に触れて登場します。

渡部先生は佐藤順太先生について「何やら無意識にずっと求めてきた師にめぐり会ったという直感がした」「私が何を求めていたかも明らかになった」と言っています。

「それはひとくちに言って、ほんとうに知的生活をしている人にめぐり会った、ということなのであった」ー『知的生活の方法』(講談社現代新書)-

佐藤順太という方は戦中は英語の教師を定年退職して隠棲していたところ、戦後の人手不足で旧制中学校に復職されていたそうです。

佐藤順太先生の書斎には和漢洋の本が天井まで積んであったそうです。しかも漢文の古典と日本の古典は和本で倹飩(けんどん)に整理されて積んであるだけでなく、しっかりとそれを読まれている方だったようです。渡部少年は和綴じ本を実際に読んでいる人物を初めて見て驚いたようです。

渡部先生は過去を振り返って、佐藤順太先生がラフカディオ・ハーンの美しい全集を持っていてそれを精読していることにとどまらず、ハーンの文学論を高く評価していたことにも感嘆しています。佐藤順太先生は「文学論には雲をつかむようなものが多いが、ハーンのいうことはよくわかるし、この程度のものはほかにあることを知らない」と言われていたそうです。山形の田舎に隠居している一古老の英語教師が知的生活のかたわら、かつ優れた文学観を持っていることを目の当たりにして、心の底から感動したようです。

佐藤順太先生からは教養がにじみ出ているように感じられます。

渡部先生は次のように言っています。

「私が子供のときから漠然と求めていたような知的生活のありうることを、実際に知ったのである」「自分が心の底で無意識に願っていたことが、それでよいことを体現してみせてくれた方であるから、単に尊敬などというものでなく、崇拝の気持であった」ー同上ー

 

お手本になるような恩師と呼べる人に出会うこと。

これで渡部少年の生涯が決まったといっていいほどの出来事だったのではないでしょうか。

『知的生活の方法』(講談社現代新書)が出版されたのが1976年で『青春の読書』(ワック)が出版されたのは2015年です。この39年の間で渡部先生に一環して流れているフィロソフィー(哲学)を感じます。

それは知的好奇心を満たすこと、その手段として知的生活を実践すること、そしてそれにより知的正直さを保つこと、この3つです。

知的正直とは渡部先生ご自身も言っているように「わからないのにわかったふりをしない」ということです。佐藤順太先生は有名な学者の意見であっても、わからないものはわからないとはっきり言う人だったようです。わかったふりをせずわからないと言える人は、わかったときには心の底からわかったと言える人でもあるようです。佐藤順太先生が当時ラフカディオ・ハーンの文学論が評価されていなかった時代に評価したように。渡部先生もそのマインドを受け継いでいるように思います。

そのマインドは佐藤順太という一田舎の英語教師から渡部昇一という一田舎の少年に受け継がれ今日に及んだのではないでしょうか。

そして渡部先生は佐藤順太先生の知的生活を実践されただけでなく、知的好奇心とともに自分の考えをアウトプット(執筆)する手段を身につけることで、見事に恩師を超える存在になったのではないでしょうか。15万冊という蔵書は個人では考えられないような数ですが、ただひたすら知的好奇心を満足させようと思ったら15万冊という量になっていたということなのでしょう。(笑) 私は量と質は比例するものだと思っています。渡部先生が出版した書籍は全部で何冊になるのか知りません。膨大な数になると思いますが、その内容の質についても申し分のないものばかりです。

師を超えることこそ師の恩に報いることではないでしょうか。

大袈裟な言い方かもしれませんが、嘘のない「教養」が佐藤順太先生から渡部先生に継承されているようにも感じます。

佐藤順太先生がどんな人だったかは渡部昇一先生を見れば一目瞭然でしょう。

かつて渡部先生は「あなたの友人を示せ、そうすれば、あなたの人物を当ててみせよう」という西洋のことわざをもじって「あなたの蔵書を示せ、そうすれば、あなたの人物を当ててみせよう」と言いました。私も渡部先生のことわざをもじってみましょう。

「あなたが師と仰ぐ人物を示せ、そうすれば、あなたの人物を当ててみせよう」

 

現世でめぐり会ったお二人は今、天国で邂逅しているに違いありません。おそらく昔話に花を咲かせるより早く、大好きな和漢洋、古今東西の書籍について語り合っていることでしょう。

合掌

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