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小説と脚本(シナリオ)の違い《脚本は文学なりや》その2

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小説も脚本も最終的な目的は一緒だろう。小説は物語が読者の頭の中にビジュアル化されることを目指し、脚本は映像でビジュアル化することを目指す。小説は読者が頭の中にビジュアル化できるように(スティーブン・キングの小説作法で言えば)「叙述」「描写」「会話」を駆使して情報を提供する。

脚本は映像のクリエーター達が映像にビジュアル化できるように、場面転換(叙述)とト書き(描写)の情報を提供して、登場人物のキャラクター造形(会話)は役者に委ねるのだ。脚本(シナリオ)は設計図のようなものだと誰かが書いていたけど、言い得て妙だ。脚本は視聴者のためにある前に、映像化するスタッフや役者のための設計図でもある。だから小説も脚本も目的は一緒でも創作の過程において使う技巧や、もしかしたら思考回路も別物であることが想像できる。

小説の名手でありながら脚本の名手である作家が、またその逆も、極めて少ないのはそのためではないだろうか。ただ、使う技巧や思考回路が違うのであれば腑に落ちる話しだ。小説や漫画を原作にしたドラマや映画が圧倒的に多いのは、アイデアやストーリーの宝庫であるということにとどまらず、ビジュアル化しやすいから、と言えそうだ。

そう考えると原作を持たないオリジナルの脚本でビジュアル化できる脚本家も映像スタッフも役者もやっぱりすごい。ドラマ『泣くな、はらちゃん』は漫画と現実の世界が錯綜するユニークなオリジナル作品で、脚本家岡田惠和氏によるものだ。脚本からだけでは実際のドラマのようなビジュアル化された面白い世界は、私にはとても想像できない。岡田惠和氏や役者を含め制作スタッフの創造力のたくましさにはほとほと感心させられる。

岡田惠和氏は当て書き(役者さんを想定して書くこと)をすることがあるそうだ。『泣くな、はらちゃん』も当て書きなのだろうか。定かではないけど、ある役者さんを想定することでセリフが思い浮かんでくるということは、脚本(シナリオ)を作るうえでキャスティングは重要な創造力のひとつ、ということになるかもしれない。

「歌は文学とは違う」と言ったボブ・ディランならこう言うかも。「歌(リリック)は読むものではなく歌うものだ」

♪世界中の敵に降参さ戦う意思はない♪

光さす世界。そして世界には、音楽という『色どり』が加わった。

(岡田惠和『泣くな、はらちゃん』)

 

※ドラマ『泣くな、ならちゃん』の主題歌は主演の長瀬智也が所属するTOKIOのシングル『リリック』(ジェイ・ストーム 2013年)。ドラマのエンディングで『リリック』が流れる中、ビブオ(漫画家)のイラストを加工した映像を見るのが大好きだった。ストーリーに沿った最終回のイラストの変化を見逃すな!

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