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ドラマで散歩

CS放送「チャンネル銀河」でNHK大河ドラマ「平清盛」を再放送している

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NHK大河ドラマ「平清盛」*をCS放送のチャンネル銀河で再放送している。当時NHKが放送していた時は、何となく見ていたものの「身が入っていなかった」とでも言おうか。

理由はふたつ。ひとつは「源氏好きだった」こと。

“武門”では源氏のほうが平家より優れていると子供の頃から思い込んでいた。子供は強いほうが好きだ。強いほうがかっこいいからだ。

源義経の「鵯越(ひよとりごえ)の逆(さか)落とし」や「壇ノ浦の八艘(はっそう)飛び」の武勇、屋島の戦いで「扇の的を射貫く那須与一(なすのよいち)」の精悍さ、「富士川の戦い」で水鳥が飛び立つ音に怯えて敗走させるほど平家を恐れさせた源氏、そのほか牛若丸と弁慶の五条大橋での劇的な出会い、これらの物語は少年の胸を躍らせた。

「平家物語」*の原文に初めて接したのは中学生の頃、“那須与一の扇の的”のくだりではなかったか。大人になってから立川談志の「源平盛衰記」*を聞いたことがあるが、機関銃のように発せられる談志の言葉は、落語というよりは講談のような語り口で、那須与一の扇の的のくだりは圧巻だった。談志は「この部分は吉川英治*をパクった」とネタをばらしているが、吉川英治をパクること自体が談志の優れたセンスを示すものだ。その談志が面白いことを言っている。「源氏はいい者(正義)、平家は悪者(悪)だった。奢り高ぶった平家を源氏が懲らしめる」なるほど、そんな見方もあるのかと思う。あるいは京都(関西)で権勢をほしいままにする平家を、鎌倉(関東)の源氏が討伐する、という地理的、文化的感覚もあるかもしれない。私は関東生まれ、関東育ちで、関西には縁がなかった。“きらびやかさ”では鎌倉は京都に勝てないが、“質実剛健さ”が鎌倉にはあって、その気質が関東の私には合っていた。平清盛より源頼朝のほうが「良く見えた」。平家一門を描いたドラマに興味をそそられなかったのかもしれない。

もうひとつの理由は、当時地デジ化*になっていたにもかかわらず、恥ずかしながらデジタルの録画機器を持っておらず、アナログ変換した粗い画像を録画したために、熱心に見る気になれなかったのかもしれない。一度デジタル放送の画像を見てしまうとアナログ画像は見るに堪えない。

そんな『平清盛』を見直してみると、おもしろくてたまらなくなり、夢中になって見ているうちに衝動的に京都にまで行ってしまった。

次回は”京都で散歩”を手記にしようと思います。

 

NHK大河ドラマ『平清盛』 2012年1月8日~12月23日放送。全五十回。著者が見ているのはCS放送「チャンネル銀河」で2017年2月20日から再放送されているもの。作 藤木有紀 主演 松山ケンイチ(平清盛)

平家物語 平家の栄華と没落を描いた軍記物語。鎌倉時代に成立。作者は藤原行長と言われている。藤原行長の官位は従五位(じゅごい)で、摂政・関白藤原忠通を父親に持つ九条兼実の家司(けいし)でもあった。九条兼実の同母弟には「愚管抄」を著した慈円がいる。母親は美福門院(藤原得子)の女房。平家物語は、これらの後ろ盾や情報ソースに恵まれた環境の中で成立したものと思われる。また、物語を琵琶法師に語らせる方式も天台座主である慈円やその周辺の影響があった可能性もある。世界最高峰の軍記物と言いたい!・・・・・(著者)

立川談志の「源平盛衰記」 落語CDムック立川談志 1 (Bamboo Mook)。大好きな落語家でした。特に「源平盛衰記」「人情八百屋」「風呂敷」が好きだったなあ。・・・・・(著者)

吉川英治(よしかわ えいじ) 人気作家。 1962年(昭和37年)没。戦後に『新・平家物語を執筆している。『宮本武蔵』『私本太平記』などの作品はNHK大河ドラマの原作になっている。市川海老蔵(市川新之助)が宮本武蔵、真田広之が足利尊氏を演じた。役所広司さんがやったNHKドラマの「宮本武蔵」は最高でした。・・・・・(著者)

地デジ化 2011年7月にアナログ放送からデジタル放送への完全移行があった。完全移行後もケーブルテレビなどで暫定的にデジタル放送をアナログ変換して放送していた。私はそのアナログ放送を録画していたのですが・・・・・(著者)

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